だが、やはり父親という存在とはちょっと違うような気がする。
話している間も あぁ この人はこういう人なのか と、どうしても他人として見ている自分がいる。
「もっと小さい頃だったら別かもしれないけど、この歳になってさ、いきなり他人を親父だなんて、受け入れられねぇよ。やっぱ実の親とは違うんだろうな」
かと言って、ならば実の父親ならその存在を受け入れられるのだろうか? 今となってはもうそれを試す術はない。
考えるだけ無駄かとため息をつき、グッタリとソファーに身を埋めて瑠駆真を見下ろす。
「おふくろもそうだけどさ、やっぱ親父ってな実の親父が一番なんじゃねぇ?」
その言葉に、瑠駆真は素早く視線を落した。いや、視線だけではない、頭部ごと聡から逸らし、床を見つめて軽く唇を噛む。
「どうだろうね」
その言葉がひどく投げやりに聞こえ、無関心を装っていた美鶴も思わず顔を向けた。
「何? それ」
「いや、別に」
気怠るそうに床を見つめたままの瑠駆真の態度に、聡がゆっくり瞬きをする。
「お前のさ、その曖昧な態度がムカつくんだよ」
チラリと見上げる瑠駆真へ向かって大仰にため息をつき
「お前には関係ない。どうせお前に話したって理解できないだろ? みたいな態度でさ」
「それは君の勝手な解釈だろ」
「そうイメージさせてるお前にも、問題あるっつーの」
なぁ美鶴 と振り返る先で、だが美鶴は大した反応も見せない。じっと無言のまま、ただぼんやりと瑠駆真を見つめている。その瞳があまりに虚ろなので、本当に瑠駆真を見ているのかすら疑いたくなる。
瑠駆真にだって、言いたいこと、主張したい事はあるのだろうに、彼はそれを口にはせず、じっと内に秘めてしまう。その姿に、かつての瑠駆真が薄っすらと重なる。
助けてやった美鶴に対して、ただ無言で鋭い視線を投げてくる少年。
お前に僕の何がわかる? 助けてくれと言った覚えはない。
そう言いたげな、だが一言も口にはしない瑠駆真の態度が、美鶴には非常に腹ただしかった。
言いたいことがあるんなら、ハッキリ言えばいいのに。
あの時の姿が、今、目の前の瑠駆真に重なる。
「美鶴?」
声をかけたのは瑠駆真。
視線の先から声をかけられ、美鶴はハッと目を見張る。
「どうした?」
怪訝そうに身を屈めて顔を覗き込む仕草の聡。美鶴は片手を額に当てる。
「何でもない」
「何でもないことないだろ?」
「聡には関係ないよ」
「お前もそれかよ」
ふてくされる聡の言葉に両手をあげて、軽く伸びる美鶴。
「別にさ、実にしろ義理にしろ、父親が存在するだけマシだよな っと思っただけ」
美鶴の言葉に絶句する二人。そうだ、美鶴には実も義理も、父親がいない。
どう言えばいいのかわからないまま言葉を失う二人に、美鶴は自嘲気味に笑う。
「別に気を使ってくれなくていいよ。事実なんだし」
「悪い、変な事言った」
「気にしないで。気にされると余計に気分が悪い」
気にするような事を言っておきながらそれはないだろう。
そう抗議もしたくなるが、内容が内容だ。もうどうしていいのかわからなくなった二人。塞ぐ二人に美鶴はうんざりと肩を落とし
「私にとってはいないのが当然なんだ。いるだけマシだなんて言って悪かった」
大して悪いとも思ってないだろう言い草で詫び、ふと聡へ目を向ける。
「で? 結局お父さんのお通夜とかお葬式とかには出てないんだ」
「あ? あぁ まぁ」
突然話を振られて戸惑う。
「おふくろが嫌がってるからな。どこでどんな通夜だか葬式だかをやったのかも、俺は知らねぇんだ」
そんな聡の耳に、ふと先日の言葉が甦る。
「こっ 小竹くん」
聡を見上げた田代里奈の第一声。
やっぱり俺は、小竹正雄の子供なのか。
ズンッと重いものが胸に落ち、それを押し退けるように頭をふった。
「気になるならおふくろに内緒で墓参りにでも行ったらどうだ? なんて親父に言われたけどよ、場所もわかんねぇし、わざわざ調べてまで行きたいとも思ってねぇしよ。だいたい、どのタイミングでどうやって行けばいいのかもわからねぇし」
そこでひょいっと瑠駆真を見やる。
「お前さ、おふくろ亡くなってんだろ? 墓参りとかってどうしてるんだ? やっぱ月命日?」
だが聡の言葉に、瑠駆真は弱く笑ってみせる。
「墓参りなんて、行ったことないよ」
「え?」
瑠駆真の口調があまりにも素っ気なくて、美鶴も聡も言葉が出ない。
「きっと、母さんが嫌いだったんだな」
瑠駆真は美鶴に、そんなような事を言った。
それは、まだ梅雨に入る前、いやすでに入梅していただろうか。そうだ。確か駅舎で、瑠駆真と英語の教科書を開いていた時の事だったと思う。
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